知名度の割に内情があまり知られていないスペイン王国。こちらでは、その北東部にある世界遺産について情報をお届けしたいと思います。日本人の知っているスペインといえば陽気・闘牛などといった表層的な知識がほとんどで、その国のあり方について知る人は多くないのが現状です。東北スペインの世界遺産を個別に見ていく前に、まずは「スペインってどんな国?」という素朴な疑問を少しでも解決しておきたいと思います。さて、そ
知名度の割に内情があまり知られていないスペイン王国。こちらでは、その北東部にある世界遺産について情報をお届けしたいと思います。日本人の知っているスペインといえば陽気・闘牛などといった表層的な知識がほとんどで、その国のあり方について知る人は多くないのが現状です。東北スペインの世界遺産を個別に見ていく前に、まずは「スペインってどんな国?」という素朴な疑問を少しでも解決しておきたいと思います。さて、それでは北東スペインの地理・歴史にまつわるエピソードをご覧ください。
◎北東スペインの地理
当サイトでは、北東スペインの定義をカタルーニャ・アラゴン・ラ=リオハ・ナバラの各州としています。各州ごとに使用言語が異なったりと独立性が強いスペインの自治州。その中でも、特に州単位でのナショナリズムが強い地域を多く含む北東スペインに関する地理をまとめていますので、是非ともご覧ください。
1.カタルーニャ自治州
州都はバルセロナで、使用言語は主にカタルーニャ語です。カスティリャ語も通用しますが、公営のテレビ放送などに関しても基本的にはカタルーニャ語だけで放送されています。また、カタルーニャ州内のアラン谷という地域ではアラン語が用いられており、地域的な公用語として認められています。ちなみにカタルーニャ政府はレストランのメニューや看板・ポスターなどにカタルーニャ語での情報表示を義務づけており、従わない場合は罰金が科せられます。(一方、カスティリャ語での表示義務はありませんから、併記せずにカタルーニャ語だけで書くのはOKです)学校教育においても、国語(スペインの国語ですから、もちろんスペイン語のこと)の授業ではカスティリャ語を用いますが、それ以外の科目はすべてカタルーニャ語で授業を行っています。
ちなみにカタルーニャ語は母音が8つあるなど非常に特徴的な言語であり、母語がカタルーニャ語でない人が聴解するのは非常に困難です。
政治的にも地域ナショナリズムが強く、大きな自治権を有しているのが特徴です。EUにもスペイン中央政府とは別に独自のカタルーニャ政府代表団を送っていますし(他にもいくつかの自治州が独自の代表団を派遣しています)住民の中にはカタルーニャを国家として完全に独立させたいと考える人も多く存在します。
2.アラゴン自治州
州都はサラゴサで、公用語はカスティリャ語です。一部地域では今でもアラゴン語が使われていますが、アラゴン語の話者は3万人を切っており、言語として消滅の危機に瀕しているのが実情です。
中世にはアラゴン王国として1つの国を成しており、後にはカタルーニャ君主国と同君連合となりました。(同君連合とは、別の複数国を同一の君主が治めている状態)この時点での正式名称はカタルーニャ・アラゴン連合王国でしたが、一般にはアラゴン王国と呼ばれます。アラゴン王国はさらにカスティリャ王国(これも正式にはカスティリャ王国とレオン王国が合併したカスティリャ=レオン王国)と同君連合を組み、1479年に事実上のスペイン王国が完成したのです。ちなみに、このアラゴンとカスティリャの同君連合は、アラゴン王フェルナンド2世とカスティリャ女王イサベル1世の婚姻によって結ばれたもので、対等関係の二者によるスペイン共同統治という形式でした。こういった関係はともすると男性優位になりがちですが、このスペイン王国に関して言うと、形式的には完全な対応関係・実質的にはイサベル1世の立場がやや強いという15世紀としてはかなり珍しい状態でした。
3.ラ=リオハ自治州
州都はログローニョで、使用言語はカスティリャ語。古くはナバラ王国とカスティリャ王国がこの地域をめぐって衝突した場所で、勝利したカスティリャが長きに渡ってラ=リオハ州の地域を治めていました。
ログローニョには移民が非常に多いことで知られ、ラ=リオハ州出身者よりも他州出身者のほうが多いくらいです。また、国外からの移民も多く、2万人以上の外国人が居住しています。
4.ナバラ自治州
州都はパンプローナで、公用語はカスティリャ語。北部のピレネー山脈沿い地域ではバスク語も使われています。
かつてはナバラ王国として強盛を誇った時期もあり、一時などは北部イタリアの大半を支配していましたが、後に衰退してカスティリャ・アラゴンへと編入されました。
政治的にも、やや独立独歩な志向を持っており、高い自治権を有していることが知られています。
以上、北東スペインの各地域に関する簡単なご紹介でした。イベリア半島の付け根あたりに位置する北東スペイン。独立意識の高いカタルーニャをはじめ、魅力的な地域が揃っています。ここで紹介した知識を頭に入れた上で、次ページからの世界遺産個別ページを見て頂ければ幸いです。
※当ページで使用している画像はwikipediaからの引用です。
wikipediaはコピーレフトという考え方を標榜しており、引用・再利用が自由です。
◎北東スペインの地理
当サイトでは、北東スペインの定義をカタルーニャ・アラゴン・ラ=リオハ・ナバラの各州としています。各州ごとに使用言語が異なったりと独立性が強いスペインの自治州。その中でも、特に州単位でのナショナリズムが強い地域を多く含む北東スペインに関する地理をまとめていますので、是非ともご覧ください。
1.カタルーニャ自治州
州都はバルセロナで、使用言語は主にカタルーニャ語です。カスティリャ語も通用しますが、公営のテレビ放送などに関しても基本的にはカタルーニャ語だけで放送されています。また、カタルーニャ州内のアラン谷という地域ではアラン語が用いられており、地域的な公用語として認められています。ちなみにカタルーニャ政府はレストランのメニューや看板・ポスターなどにカタルーニャ語での情報表示を義務づけており、従わない場合は罰金が科せられます。(一方、カスティリャ語での表示義務はありませんから、併記せずにカタルーニャ語だけで書くのはOKです)学校教育においても、国語(スペインの国語ですから、もちろんスペイン語のこと)の授業ではカスティリャ語を用いますが、それ以外の科目はすべてカタルーニャ語で授業を行っています。
ちなみにカタルーニャ語は母音が8つあるなど非常に特徴的な言語であり、母語がカタルーニャ語でない人が聴解するのは非常に困難です。
政治的にも地域ナショナリズムが強く、大きな自治権を有しているのが特徴です。EUにもスペイン中央政府とは別に独自のカタルーニャ政府代表団を送っていますし(他にもいくつかの自治州が独自の代表団を派遣しています)住民の中にはカタルーニャを国家として完全に独立させたいと考える人も多く存在します。
2.アラゴン自治州
州都はサラゴサで、公用語はカスティリャ語です。一部地域では今でもアラゴン語が使われていますが、アラゴン語の話者は3万人を切っており、言語として消滅の危機に瀕しているのが実情です。
中世にはアラゴン王国として1つの国を成しており、後にはカタルーニャ君主国と同君連合となりました。(同君連合とは、別の複数国を同一の君主が治めている状態)この時点での正式名称はカタルーニャ・アラゴン連合王国でしたが、一般にはアラゴン王国と呼ばれます。アラゴン王国はさらにカスティリャ王国(これも正式にはカスティリャ王国とレオン王国が合併したカスティリャ=レオン王国)と同君連合を組み、1479年に事実上のスペイン王国が完成したのです。ちなみに、このアラゴンとカスティリャの同君連合は、アラゴン王フェルナンド2世とカスティリャ女王イサベル1世の婚姻によって結ばれたもので、対等関係の二者によるスペイン共同統治という形式でした。こういった関係はともすると男性優位になりがちですが、このスペイン王国に関して言うと、形式的には完全な対応関係・実質的にはイサベル1世の立場がやや強いという15世紀としてはかなり珍しい状態でした。
3.ラ=リオハ自治州
州都はログローニョで、使用言語はカスティリャ語。古くはナバラ王国とカスティリャ王国がこの地域をめぐって衝突した場所で、勝利したカスティリャが長きに渡ってラ=リオハ州の地域を治めていました。
ログローニョには移民が非常に多いことで知られ、ラ=リオハ州出身者よりも他州出身者のほうが多いくらいです。また、国外からの移民も多く、2万人以上の外国人が居住しています。
4.ナバラ自治州
州都はパンプローナで、公用語はカスティリャ語。北部のピレネー山脈沿い地域ではバスク語も使われています。
かつてはナバラ王国として強盛を誇った時期もあり、一時などは北部イタリアの大半を支配していましたが、後に衰退してカスティリャ・アラゴンへと編入されました。
政治的にも、やや独立独歩な志向を持っており、高い自治権を有していることが知られています。
以上、北東スペインの各地域に関する簡単なご紹介でした。イベリア半島の付け根あたりに位置する北東スペイン。独立意識の高いカタルーニャをはじめ、魅力的な地域が揃っています。ここで紹介した知識を頭に入れた上で、次ページからの世界遺産個別ページを見て頂ければ幸いです。
※当ページで使用している画像はwikipediaからの引用です。
wikipediaはコピーレフトという考え方を標榜しており、引用・再利用が自由です。

